誕生日の定義

 

「玉藻
 今日は俺が何か奢ってやるよ」

へらへらと笑みを浮かべてそういう鵺野に玉藻はうさんくさそうな目を向ける。
奢ってくれと言われるならいつものことだが奢るとは何だ?
どこかネジの一本でも飛んだか、それとも何か企んでいるのか?

「何変な顔してんだよ
 お前今日誕生日だろ…
 だから奢ってやろうって言ってんだよ…
 いや…そのプレゼント買う暇がなかったとも言うけど」

訝しげな玉藻の視線にあわてて鵺野が言うのに、玉藻は一瞬さらに怪訝な顔をした。

「誕生日?」

「え…1月25日だろお前の誕生日
 前、教育実習来た時履歴書にそう書いて…」

「あぁ…」

玉藻は微かに笑みを浮かべて、どこか遠くを見るような目をした。

「それは南雲明彦の誕生日ですよ…
 私のではありません…
 便宜上そうしてますけどね…」

「え…そ、そうだったのか」

「はい」

「じゃぁお前の本当の誕生日は何時なんだ?」

「さぁ」

「さぁってな…」

「だって何時を誕生日とするんですか?
 狐として生を受けたとき?
 それとも妖力を得て変化したとき?
 妖狐として一人前になったとき?」

「………」

鵺野は思わず黙り込む。
そうか…妖怪は自分の誕生日など知らない場合が多いのだ。
親がいる妖怪もいるが、年を経た動物や植物、あるいは道具が変化して生まれた妖怪もいる。
何時が誕生日だと言えばいいのか。

「齢400年とは言ってますけど…だいたいそれくらいというだけで
 いつからだったかなんて覚えてませんし…
 その前の事など当然記憶にありません
 誕生日なんてわからないですよ…どの道ね」

玉藻はどうでもいいように言った。
生まれた日に何の意味がある。
今生きている事が大事で生まれた日など関係がない。

「人間は生んでくれた親に感謝するためだとか
 生まれてきてくれた事を祝う日だとか…まぁ判りますけど
 私には無縁のことですから
 南雲の誕生日を代わりに祝われても意味ないですし」

「………」

鵺野は何だか急に寂しくなった。
確かにそうかもしれない。
妖怪である玉藻に誕生日など意味ないことかもしれない。
でも生まれた日には意味があると思う。
今ここにこうして共に居られるのは生まれてきたからではないか。

「玉藻…確かにお前には意味ないことかもしれない
 けど…今ここに居るためには生まれてこなければならなかったんだ
 だから大切な日なんだよ」

「でも知らないんですから…
 貴方と出会う奇跡は生まれてこそですけど…
 そんなのむしろ出会った日の方がよっぽど大事じゃないですかね
 生きていたって知らないままだったら生まれた日なんか関係ないですよ」

「!」

玉藻の言葉に鵺野ははっとする。
出会った日が大事
ならば…

「そうだな…そうかもしれない
 なぁ玉藻」

「はい?」

「お前の誕生日
 決めてやるよ」

「は?」

「生まれた日より出会った日が大事ってのはあるかもしれない
 その日出会った事で生まれ変わることもあるんだから
 だからお前の誕生日は」

鵺野は玉藻の耳元に不意に顔を近づけてささやくようにある日にちを告げた。

「な?」

「よく…覚えていましたね」

「当たり前だ」

「そうですね…あの日私は変わるきっかけを得たんでしょう
 ならば確かに誕生日といえるかもしれない」

玉藻は懐かしげに目を細めた。
それは玉藻が童守小に教育実習に来た日。
鵺野と初めて出会った日。

「じゃぁ先生
 その日は盛大に祝ってくださいよ
 楽しみにしてますよ」

「え…」

急に鵺野はオタオタしながら引きつった笑顔を作る。
ひょっとしてとんでもない事を言ってしまったのか?
玉藻はただにっこりと笑った。

「誰も金をかけろなんて言ってませんよ
 先生の気持ちを見せてください」

「あ…あぁ」

「期待してますよ…
 じゃぁ行きましょうか」

「え…何処に」

「食事…奢ってくれるんでしょう?」

「え…だってそれは…」

「はは…冗談ですよ
 いつも通り私が奢りますから行きましょう
 私ではなく南雲を祝ってあげましょう
 彼が居たから私はここに来れたのですから」

「あぁ」

玉藻は誕生日を祝う意味を少し知った気がした。
ならもうこの世には居ないけれど、己の器になった彼を祝ってあげよう。
そして…自分の誕生日を鵺野に祝って貰うのだ。
それはどこか幸せなもののような気がした。

 


高級なごちそうも高価なプレゼントも必要ありません。

貴方がくれた誕生日です。

貴方が私に命をくれたのです。

ならばそれに見合う貴方の心を下さい。

何よりも価値のあるものを。


END