桜の樹の下で

 

はらり、はらり、薄紫色の花びらが舞う。

青空の下なら、綺麗な薄紅色に見えるそれは、青みがかった闇夜の下では色を失い、月光を煌めかせて白く、または青白く、雪のように舞い狂う。

 

桜の木の下には死体が埋まっているのです。

本当は桜の花びらは白いのです。

死体の血を吸って薄紅色に咲くのです。

 


そんな話を聞いたことがある。
確かにシンとした闇夜に浮かび上がる桜の木は何とも言えない妖しさがある。
本当にこの下には誰かが埋まっていそうな気がする。

いや、もしそうならこの桜に下に死体などない。

なぜならこの桜の花びらは真っ白だ。
夜のせいではない。
確かにこの桜だけ、白い。

まだ…染める相手がない。


ザク…ザク…

だったら埋めてあげようか。
この木の下に誰かを。
そうすればきっとこの桜は、どの木よりも美しい薄紅色の花をつけるだろう。

黒い土は軟らかいが、手で掘るには少しきつい。
あぁ、爪が割れてしまった。
痛い。

 

「淳…?
 何をしているんだ?」

不思議そうな声が後ろから聞こえた。
僕はゆっくり振り返る。

「達哉…
 穴を掘って居るんだよ」

あぁ、これでは駄目だ。
もっと掘らないと… これでは収まらない。

「見ればわかるけど…何か探してるのか?」

「違うよ…今から入れるんだよ」

ザク、ザク、ザク、

「血が出てる」

彼が僕の手を掴む。指先が土と血で滲んでいる。
でもこんなのはたいしたことじゃないんだ…少し痛いだけ。

「手で掘るなんて無茶だ
 第一根っこがあって掘れないだろ?」

「仕方ないよ
 この根の下に埋めなきゃ意味がない」

「?」

「そうしなきゃ…染まらないもの」

綺麗だろうなぁ…この白い桜が薄紅色に染まるのは。
あぁ、早く見てみたい。

「誰がいいかな…?」

「え?」

「この桜には誰が似合うだろう…?」

「淳?」

「あぁ…達哉は駄目だな
 桜にあげるのはもったいないや…
 けど…」

一人で桜の下に眠るのは淋しいだろうか。
淋しいな…きっと。
でも二人ならどうだろう?

二人寄り添って桜の下で眠るんだ。
そして毎年美しい薄紅色の花を咲かせるんだ…。

あぁ、それって凄く素敵じゃない?

大好きな花の下で、美しく花を咲かせるんだ。
そしてずっと二人きりだ。

そうだ、そうしたらきっととても幸せだ。

 

ザク、ザク、ザク

 

穴をもっと深く掘らなくちゃ。

「達哉…手伝って?」

「え…あ、あぁ」

怪訝な顔をしながら達哉が僕の横にしゃがみ込んだ。
僕はそっと微笑む。

 

 

二人で掘った穴に、二人で入ろう。

君の心臓に刃を突き刺して。
そしてこの土の褥に君を横たえて。
それから僕も同じようにこの胸に刃をたてて。
そして君の横で眠ろう。

はらり、はらり、はらり、

雪のように桜が散る。

僕たちが眠ったらきっとこの舞い散る花びらが二人を覆ってくれるだろう。

そしてきっと。

次の年は今まで見たこと無い綺麗な色の花が咲くんだ。

 

あぁ、楽しみだね。

 

達哉…ずっと一緒に眠りながら
この花を咲かせていこうね。

 


ザク、ザク、ザク。


はらり、はらり、はらり…

END